アメリカの代表的都市シカゴ紀行
南カリフォルニアの、朝夕は幾らか肌寒いが、春を迎えて一年の内で、いま最も凌ぎ良い爽やかな日々を送っている。毎年やって来る、玄関口の軒先の、ツバメの子どものさえずりで目を覚ます。庭のバラも今年はじめての花を咲かせている。
南カリフォルニアは、5月になると急に熱い夏が、駆け足でやって来るので、人々は短い春を楽しんでいる。
このところ会社の出張続きで、落ち着かない生活を送っているが、今回は北米最大のコンベンション・センターが在ることで有名なシカゴで、『世界のセラミック建材展示会』が開かれ、わが社が原料を供給している、6社ほどの生産会社が出展している関係もあり、商談もかねてのシカゴの旅をする。
最近の国内線航空機の利用は、セキュリティーのチェックに時間がかかるため、搭乗手続きも、出発3時間前には始めなければならず、国内旅行も海外旅行なみに時間を取り、ひと仕事である。
ロスアンジェルス空港から、イリノイ州シカゴ・オヘア(O'Hare)空港までは、4時間のフライトを要するが、時差は2時間早い。
この空港はアメリカの空港の中で最も大きく、ロスアンジェルス空港の3倍ほどの規模で、シカゴを中心に放射状にアメリカ各州へと、頻繁に飛行機が発進し、各州の人々には、地理的に便利な空港でもある。
南カリフォルニアの日中は、春の陽気の23℃ほどの気温だが、シカゴは北極からの冷たい風が、ミシガン湖を渡って吹き込んで来るため、4月中旬なのに気温は3℃ほどで、オーバーコートや手袋が欲しいほどの寒さに震える。
シカゴはアメリカの西部と東部を結ぶかなめと呼ばれ、1926年にシカゴを始発地点として、西部カリフォルニアへの横断道路『ルート(Route)66』が敷設され、その終着地点がロスアンジェルス・サンタモニカである。このルート66をカリフォルニアからシカゴまでを、いつの日か、時間をかけてドライブし、古き時代のアメリカ検証の旅をしたいと思っている。
南カリフォルニアとシカゴでは、都市の形態が違い、ロスアンジェルスの車社会に反し、シカゴは電車利用が主体で、市内には時々映画撮影などにもよく使われる、高架電車が走り、地下鉄も縦横に敷設され、観光客への交通事情は、大変便利な町でもある。
空港からダウンタウンの中心シティー・ホールまでの電車は、料金は一律2ドル、東京の電車に比べると、スピードが随分遅く悠長で、所要時間は40分ほど、横揺れも相当だが、スピードの出ない分、ノンビリと車窓を眺めながら旅を楽しめる利点もある。
空港から郊外を抜けて、中心地まで行く間の、シカゴ市民の住宅街は、歴史が古いだけに、相当年季の入った、古い家並みを見る。
電車のホームでは、料金をもらって似顔絵を書いている人や、ギターを弾き歌っている青年、中国の二鼓を弾いている中年の中国系の婦人などがいる。
中心街のダウンタウンに入ると、有名な『1871年のシカゴの大火』で、シカゴのダウンタウン全体が焼き尽くされて以来、木造建築物を禁止し、耐火性のコンクリートの高層建造物の立ち並ぶ街となり、当時のクラシックなデザインの高層ビルと、戦後建てられたモダンな造りの高層ビルの林との、新旧取り混ぜブレンドされた建物のハーモニーは、典型的なアメリカの大都市と言われているが、街のたたずまいに文化を感じる。
日本で言えば、丁度、クラシックな東京駅や旧日本銀行の周りに、近代高層建築の丸の内の建築物がある様な、新旧とりまぜた町並みが、シカゴのダウンタウン全体を覆って、数々の映画のロケ地になった、シカゴ名物のエレベーテッド・トレインと呼ばれる高架鉄道の環状線電車が走っている。
地下鉄も充実しており、地下鉄へ降りる入り口も、古風な味わいの、たたずまいをし、街に溶け込んでいる。古風な地下鉄入口に反し、チケット売り場は大変モダンで美しい。
シカゴでは街の美化に相当の予算を組みこんでいるとの事で、ダウンタウンでは、早朝3時から6時まで街を清掃し、昼間も相当数の市の清掃員が、道路清掃を各地でせっせとしている姿を見かけ、街を散策して感心する事は、道路にゴミひとつ落ちていないことだった。市民も美化に費やす大きな予算を取られる事を理解しているところや、市当局も徹底して美化に勤めている事には、街を散策している間、とても感心する。
各企業のビルの前の花壇は、競うように花々が植えられ、散策していて楽しくなる街だ。
2016年の次回オリンピック開催地として、シカゴは東京都と競っているよだが、都市の美観から見て、シカゴの方が圧倒的に有利なように思える。
街の中を巡回中の警官は、2003年から売り出された、訪米中の小泉首相もブッシュ大統領からお土産にもらった、電動一輪車 セグウェイ(Segway) を利用している。
公園の巡回守衛達も、セグウェイを利用している。
町中には有名な芸術家の彫刻が点在し、中でも1911年に建てられた、シティー・ホールの傍の、デイリー・プラザ広場にある、ピカソの彫刻やカルダーのフラミンゴ、21世紀を迎えた記念のミレニアム公園の彫刻や電子画像と滝を合わせた建造物など、街のシンボルになっている。
1852年創業のマーシャル・フィールド・デパートの巨大時計もシカゴ名物である。
歴史的な建造物としては、ワーター・タワーがある。このタワーは1871年のシカゴの大火に唯一残った建造物で、近くにはシカゴで最も古い、歴史的な記念物といえる消防署もある。
その昔、ブルースの町と知られたシカゴには、サッチモの愛称で呼ばれた、ルイ・アームストロングなどがナイトクラブで活躍し、アル・カポネを頂点とするマフィアが闊歩した街並みで、その町をいま歩いているのかと、古い時代に思いをはせながら散策する。
シカゴに行くと、観光客が必ず行くという1974年に建てられた、当時は世界一高いと言われたシーアス・タワーに行って見る事にするが、103階までを1分足らずで昇ってしまう。(入場料12ドル50セント)ここも9・11のNY爆破事件以来、セキュリティーが厳しく、ビルの展望台へ行くには、空港並みのセキュリティー機械が設置された、入口を通らねばならない。
ロスアンジェルスでは当たり前の、透き通るような紺碧の空を、シカゴではめったに見ることが出来ないとのことだが、この日はお天気に恵まれていたお陰で、シカゴ市内のパノラマを満喫し、遥かに広がるミシガン湖の大きさに驚く。
新旧取り混ぜた高層建築物の林は圧巻で、最近は日本の建築家や設計士などのツアーが視察に来る街でもあるという。
シカゴ・カブの本拠地スタジアムも、新旧取り混ぜたデザインは素晴らしく、その向かいには1893年シカゴ万国博覧会に建てられた、威風堂々とした建造物を利用しての、博物館には小学生の、低学年の団体が学習しているのが可愛いい。
また世界の美術館に肩を並べるほど、充実したコレクションで有名な、シカゴ美術館も有名である。
シカゴの図書館も随分凝ったデザインの建物で、人々の目を引く。
シカゴ郊外の大草原での穀物栽培は盛んで、穀物を扱う市場の関係で、1848年に小麦業者で始められた、シカゴ穀物取引所(Chicago Board of Trrade)ができ、このビルの屋根のトップに在る、ギリシャ神話の穀物の神の像も有名である。穀物生産の関係から、肉牛生産も盛んで、「シカゴに行ったらステーキを食べなければならない」と言われる所以で、街角にはいろいろな牛の彫刻を見る。
イタリア系も多いシカゴは、普通のピザとは一風変わった具の厚いパイ風のピザが有名で、『Giord Lano's』は盛況で、一度は試食の価値有り。
ただしピザは1時間前に予約が必要。
1898年から創業しているドイツ料理店『The Berghoff』は有名な割には、価格が割安で自家製ビールとソーセージが楽しめる。
初めて行ったシカゴは、ロスアンジェルスとでは、大変おもむきが異なり、アメリカ国内でありながら、その文化の厚みを感じ、アメリカで無いような海外旅行をしているような錯覚になるが、街中に星条旗がはためき、やはりアメリカなのだと再認識し、新鮮味のある旅を経験した。


乗客はこのフェリーをよく使用するようで、家族づれや引退者の姿を見る。幾つもの小島の間を練りながら、2時間かけてバンクーバーのツワッセン港(Tsawwassen)に到着する。カーフェリーの船から自動車でそのまま下船し、カナダとアメリカの国境検問所に、1時間ほどフリーウェイを行くが、カナダとアメリカのフリーウェイの雰囲気が、何か違うと思ったのは、カナダのフリーウェイ沿いには、広告のビルボード(広告看板)が立ち並んでいることで、アメリカのフリーウェイ沿いにはこれほどの広告看板はないので、見慣れないない風景である。
アメリカ入国ゲート前は、意外と車の長蛇の列で、1時間ほど徐行しなければならなかったが、アメリカへの入国手続きは、車の中からで済むので便利である。
20年 前に比べると、数台のカメラ設置や爆弾探知機の機器など、ニューヨークの9・11爆破事件以来、随分厳しくなったのを感じる。入国審査前の地に、石でできた国際国境境界認識表を見る。アメリカの入国審査官は、アメリカ市民に対して「ウェルカム・ホーム」と云い、感じが良い。
のモーテルに入り、アカデミー賞授賞式をテレビで観る。 この地は、カリフォルニアでも有名なオリーブの産地で、オリーブ栽培が始められたのは1904年と古い。「オリーブ・フェスティバル」が8月末の1週間行われる。
帰路の途中、さまざまな自動車と行き交うが、シャスター近辺のニジマス孵化場から、生きたニジマスを、スーパーなどに納入する、生簀トラックや酪農家から採集した牛乳タンク・トラックなどやキャンピング・カーに乗用車を引っ張っている、長期旅行者などが行き交う。
カリフォルニアからカナダまでの、3100マイル、約5000キロを走破して、ドライブを終了し感心したことは、この10日間のドライブ中、1台の自動車事故現場を見なかったことだった。日本に比べて、アメリカの人々の自動車運転のマナーは紳士的で、おおらかな運転と紳士的に譲り合う環境 だから、引退者も大きなキャンピング・カーをノンビリ運転でき、ドライブの旅は楽しめる国でもある。
また私たちの自動車も、無事故で帰宅できたことに感謝し、夫婦とも65歳と余り若くない年齢だけに、いささか疲れを覚えながら、家の門をくぐる。
ワシントン、ポート・エンジェルスから翌朝早朝8時20分発の、カー・フェリーに乗り込み(運賃は自動車と大人2名で44ドル)1時間半もすると、カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー・アイランドのビクトリア港に着く。
このホテルは1890年創業の、英国女王も泊まったことのある、由緒あるホテルだが、いささか施設が古いため、部屋にインターネット高速無線接続の敷設がなされていないのが、少々不満だったが、室内は熟年向きの落ち着きのある環境である。
翌日ホテルから30分ほど車を乗り、バンクーバーに来たほとんどの観光客が訪れる、ブッチャート・ガーデン(Butchart Gardens)(入園料1名17カナダ・ドル)に着く。
初頭のアメリカは、フリーウェイの整備、ダムや橋などのインフラ創成期、町では近代ビルディングの建築のラッシュなど、セメント需要は空前的に盛んだったことと思われる。
て作られ、造園から100年以上を越す庭園は、手入れが非常に行き届いていて、園芸を趣味とする人には、楽しいところだ。日本庭園からの、サーニッチ海峡の眺めは素晴らしい。
花が余り咲いていないことへの特別割引と云うことでもないだろうが、素敵な屋内テラスでのアフタヌーン・ティーが10カナダ・ドルで、12時半から
開かれるとのこと。金額からしてティーだけかと思ってい たが、フルーツの盛り合わせや、サンドイッチ、クッキー、生チョコなどの豪華な軽昼食コースで、 1時間半ほどを英国貴婦人になったような気分で、素敵なアフタヌーン・ティー・タイムのひと時を主人と過ごす。
ワシントン州の各地には木材工場が点在し、 道路を行き交う車は、原木木材運搬のトラックや製材済みの材木を積んだ車のみとなる。ところどころに牡蠣貝の工場があり、剥き終えたオイスターの貝殻の大きな山が、ひときわ目立つ町並みだ。カリフォルニアは今、新築着工数が伸び、建売一戸建ての、大型プロジェクトを見るたびに、建築材木資材の多さに驚き、木材はどこからやって来るのかと不思議に思う程だが、ワシントン州の道路を行き交うトラックを見ると、材木の豊かさがうなづける。
翌日この後カナダ・バンクーバー島へ渡るための連絡港ワシントン州ポート・エンジェル(Port Angele)までの300キロほどを、森林の中をドライブする。時には湖を眺め、オリンピック国立公園を通り、州立のサーモン孵化場などを見ながら、行けども行けども森林の中をドライブをする。
明日の早朝はカナダ・バンクーバーへ、ポート・エンジェルからフェリーで渡るため、今夜はポート・エンジェルス泊まり。
車は101号線を北上しオレゴン州に入り、オレゴン海岸線を北へ行く。途中、数十マイルに及ぶ流木の寄せるオレゴン海岸沿線は、手付かずの自然を見せてくれる。気温が暖かくなれば、人々は1週間ほどの単位で、台所付きコテージを賃貸し、家族と海岸で楽しむようだが、今は冬なの
で、引退者の熟年カップルが、太平洋を眺めながら読書などをしていた。
戒地帯」「津波避難方向指示」の道路標識を見る。「津波の国」日本にも、このような津波警報や避難方向を表す、道路標識は有るのだろうか。
き交う、木材載積しているトラックが通過するとい標識と、原木を載積したトラックや製材済みの材木を積んだトラックを頻繁に見かける。
が深く、カリフォルニアには無い異なったオモムキを見せてくる。

ギルロイには、ニンニク収獲所やニンニク・パッキング場、ニンニクを相当使用する、大手ケチャップ加工工場などが有り、この町に入ると町全体にニンニンク臭が漂う。
1時間もすると、車はサンフランシスコに到着する。
サンフランシスコから101号線を利用し、1時間ほどでソノマ(Sonoma)へ向むかい、商談を済ませる。
この日はユリカに宿泊した後、午前中はユリカの町を観光する。ユリカのオールド・タウンには、その昔、林業で富をなした、ロシヤからの移民が、1885年に建てた、「ドクトル・ジバゴ」の舞台背景になりそうな、ロシア風の大きな邸宅が有る。
早朝ユリカの漁港ウドリーアイランド・マリーナ(Woodley Island Marina)に立ち寄るが、朝市の様なものを見る事はできず、1950年ごろから今日までの、海で亡くなった漁師の慰霊碑を見る。
ユリカは川の多い所で、昔作られた、デザインの変わった鉄橋が散在している。
お天気であれば、クリセント・シティーの、朝の漁港では、観光客に水揚げ風景を公開しているとのことだが、ここで生牡蠣の昼食を取る(12個1皿で10ドル)。
この違反過料はカリフォルニア州80~91ドル、オレゴン州 97ドル、ワシントン州では101ドルと、州によって違うことも面白い。 道路からのポイ捨ては1000ドルの、罰金が科せられることの、表示も見過ごしてはならない。
この辺りで最近目新しいことは、農場の潅水用のポンプなどの電気系統を、太陽電池に頼っている風景だ。
農地風景の中に、忽然と現れるのが、ハリスランチが経営するレストランと宿泊ホテルがある。このレストランのステーキ肉は、間違いなく美味しいのでお勧め。ハリスランチがレストランの隣に経営するホテルは、環境が良い割には1部屋120ドルと妥当な価格を設定している。
このランチは、各地で生育した成牛を買い取りここに集め、肉牛としての肉の品質調整のために、栄養価の均等な配合飼料で120日~150日間ほど飼養育成し、食肉として加工までするのが、この牧場の目的である。
丁度この旅で、セントラル・バレーを通過している時に、ミツバチでは頼れないと、なんと軽飛行機を利用しての、空中からの花粉の受粉用散布作業と遭遇し、大胆なアメリカ的農業経営方法を見る。
山梨、長野、青森などの
その作業は、耳かきの先にある羽毛の、ポンポンの様な大きいものを、竿の先に付け、事前に取っておいた着色した花粉を、そのポンポンに付けて、花のひとつひとつに花粉を着けてゆき、着色された花は受粉済みと云うわけだ。
ハチミツを収穫販売している養蜂家は、果樹の開花を追い、ミツバチの箱を移動しながら農場に置く方法で、果樹農業地帯の花からハチミツを採集している。
裏庭に水仙の球根を植えていたことも忘れていたが、いつの間にか蕾を持ち、まるで春を告げるかのように、可憐な花を咲かせている。
今回開催されるコダック・シアターの向かい側に位置する、ルーズベルト・ホテル(創業
寒さの和らいだ二月の夜、裏庭のパディオを見ると、日本では見ることのできない、スカンクの訪問を発見。
あと数日するとバレンタイン・デーだが、アメリカではバレンタイン・デーに贈る相手も、意中の人や恋人同士でプレゼントを交わすのは勿論だが、日本のように必ずしも女性側からの一方的な、贈り方をするのではなく、男性側からも贈物が交わされるのが普通である。
アーモンド(
収穫されたアーモンドは、果肉を除いた実の殻は、ウメボシの種子のように硬く、その殻を割って中の仁(じん)がアーモンド・ナッツとなる。

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