2012年9月13日 (木)

フォアグラ

古代ローマ時代の人も、食ベていたと言われているフォアグラ、フランス料理には欠くことのできない、世界三大珍味のひとつのフォアグラ。美食家にとっては堪らないものだが、このフォアグラ、カリフォルニア州では、『肝臓肥大を目的とした、鳥類への強制給餌行為によって作られた、製品販売の禁止』が定められ、今年の7月1日からレストランやスーパーでの販売提供が禁止さされ、フォアグラ愛好家をがっかりさせている。これを違反すると、1日1000ドルの罰金が科せられるという。またイスラエル、アルゼンチンなどでも、フォアグラは販売禁止となっているという。この法律は、動物愛護からきた法律と言える。カリフォルニアでは1年前、クジラの肉を提供したと日本食レストランのオーナーが摘発されたり、5,6年前には、サンフランシスコの中華料理店が店内のイケスに泳いでいた魚を客の目前で殺したことが、動物保護の観点から問題になり、大きな市民運動に広がったこともある。さて日本でのイカや、白魚、馬糞ウニなどの踊り食いなどは、世界の動物愛護家が、どのように評価するか・・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=yGZvtyyNbxs&feature=share

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2012年9月12日 (水)

復興支援

アメリカ向けNHKスペシャル番組を見ていて、その予算分配の、余りの驚愕の実態に激怒しました。国民の全ての人が、この番組を見て、この実態を告発すべきです。NHKの放送に至る勇断に、賞賛を送りたいと思います。

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2012年9月11日 (火)

9・11メモリアル・デーによせて

日本は12日になるが、こちらは今日がアメリカ国民の誰もが鮮明に覚えている、あの11年前の9・11のメモリアル・デー。今朝の通勤中の車のラジオからはあの日に関する、ニュースばかりが流れている。アメリカでは各企業のビルや官庁の玄関口の星条旗は半旗のたたずまい、半旗状態の旗はいつ見ても寂しさが誘う。あの日カリフォルニアでは早朝6時のニュースを見ようと、いつもの様にキッチンのテレビを点けると、これが現実なのかと思える、ハリウッド映画のシーンかと錯覚を起こす、高層ビルへの神風特攻隊のような破壊画面を見ていた日。脳裏には日本軍の真珠湾奇襲攻撃とだぶったのは大半のアメリカ人も同様だったようで、そのあと事あるごとに報道は、背後から一撃を喰らったことが共通していると、日本軍の真珠湾攻撃を蒸し返し、こちらに居る日系人はなぜか、しばらく肩身の狭い思いをして過ごしたもの。あの日のフリーウェイのほとんどの車には、申し合わせた様に星条旗の小旗を着けた車が走っていたのには、この国の人々の一致団結の愛国心に、改めて驚きを感じたものだ。
出勤してあの日に取った行動は、取るものもとりあえず、ニューヨーク在住の養秀同窓会(首里高校)同窓生の安否確認。北米同窓会事務局長として、多忙を極めた日でもあった。
あの日から早や11年、眼には眼をとアルカイダ―攻撃作戦は今だに続き、米国軍人も含めて、アフガニスタンなどの、何人の人々が命を落としたことか・・・人間同士の殺し合いの醜態は、もういい加減にして欲しいと叫びたい!

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2012年8月 8日 (水)

アメリカでのサッカー事情

いよいよオリンピックも佳境に入り、サッカー男子の「韓国対日本」も待ち遠しいですが、何と言っても現在のハイライトは女子サッカーの「米国対日本」の決勝戦です。
アメリカの父母は、子供が小学生の頃には、大半の父母は自分の息子を少年野球チームに入れ、娘はサッカーチームに入れるのが定番です。面白いのは少年サッカーチームは余り盛んではなく見かけるのが珍しいくらいです。かたや女の子のサッカーは小学校から高校までとても盛んで、高校同士のトーナメントも、日本の高校野球甲子園並みに盛んです。男の子は高校へ入ると野球チームとアメリカン・フットボール・チームに分かれるようですが、フットボール・チームに入る方が断然多く、サッカーはマイナーでサッカーをしている高校生男子は見かけないのが現状です。「なでしこジャパン」強しと言えども、アメリカ全土から、選り優れた選手を集めての米国女子チームです。児童の頃から女子といえども年季が入っていますから、日本チームも心しなくてはなりません。
ちなみに、男子の対韓国戦、女子の米国との優勝戦は米国西部時間は午前11時と、大変都合のいい時間帯ですが、日本では国民総不眠症候群になる時間帯のようで、暑い今日この頃、皆さん体調にはお気を付けになって、オリンピック応援観戦して下さい。

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2012年8月 6日 (月)

なでしこジャパン

ヤマトなでしこは強かった!アメリカでは自国が対戦する試合しか、テレビ放映はしないので、「なでしこジャパン」のフランスとの対戦もアメリカでは放映しないので見ることができなかった。「なでしこジャパン」の結果は、もっぱらインターネットからの速報か、FBのサッカー観戦者の即時シェアしかない。だが、「なでしこジャパン」と米国との決勝戦はアメリカのテレビ局も放映してくれるので楽しみだが、アメリカ人の友人と一緒に観戦はできない。どちらが勝っても言葉がないから、日本人同士で見るに限る。また男子サッカーは対戦相手がメキシコときた、わが社にはメキシコ系の社員が多く、これは日本が勝っても負けても、サッカー狂のメキシコ人社員との、会話に苦しむであろうことは予測できるので、苦しいオリンピック観戦事情がある。

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2012年6月13日 (水)

お客様

20120600_2 6月1日から昨日まで、我が家で毎日楽しい日々を掘 潤さんと過ごしました。これからはアパートでの一人暮らし、お身体に気を付けて1年近くのキャンパス・ライフを満喫してください。

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2012年6月12日 (火)

強制収容所

太平洋戦争以前に、米国へ移住した日本人は、開戦と同時に敵性外国人として、一家族スーツケース

2個だけと所持品制限されて、終戦まで強制収容された。今では強制収容所体験者も少なくなって、

この米国の影の部分の歴史が風化しつつあります。

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2007年5月 1日 (火)

アメリカの代表的都市シカゴ紀行

 南カリフォルニアの、朝夕は幾らか肌寒いが、春を迎えて一年の内で、いま最も凌ぎ良い爽やかな日々を送っている。毎年やって来る、玄関口の軒先の、ツバメの子どものさえずりで目を覚ます。庭のバラも今年はじめての花を咲かせている。
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 南カリフォルニアは、5月になると急に熱い夏が、駆け足でやって来るので、人々は短い春を楽しんでいる。

200705012 このところ会社の出張続きで、落ち着かない生活を送っているが、今回は北米最大のコンベンション・センターが在ることで有名なシカゴで、『世界のセラミック建材展示会』が開かれ、わが社が原料を供給している、6社ほどの生産会社が出展している関係もあり、商談もかねてのシカゴの旅をする。

 最近の国内線航空機の利用は、セキュリティーのチェックに時間がかかるため、搭乗手続きも、出発3時間前には始めなければならず、国内旅行も海外旅行なみに時間を取り、ひと仕事である。

 ロスアンジェルス空港から、イリノイ州シカゴ・オヘア(O'Hare)空港までは、4時間のフライトを要するが、時差は2時間早い。
Chicagoaircraft この空港はアメリカの空港の中で最も大きく、ロスアンジェルス空港の3倍ほどの規模で、シカゴを中心に放射状にアメリカ各州へと、頻繁に飛行機が発進し、各州の人々には、地理的に便利な空港でもある。

南カリフォルニアの日中は、春の陽気の23℃ほどの気温だが、シカゴは北極からの冷たい風が、ミシガン湖を渡って吹き込んで来るため、4月中旬なのに気温は3℃ほどで、オーバーコートや手袋が欲しいほどの寒さに震える。

Chicago_66   シカゴはアメリカの西部と東部を結ぶかなめと呼ばれ、1926年にシカゴを始発地点として、西部カリフォルニアへの横断道路『ルート(Route)66』が敷設され、その終着地点がロスアンジェルス・サンタモニカである。このルート66をカリフォルニアからシカゴまでを、いつの日か、時間をかけてドライブし、古き時代のアメリカ検証の旅をしたいと思っている。

南カリフォルニアとシカゴでは、都市の形態が違い、ロスアンジェルスの車社会に反し、シカゴは電車利用が主体で、市内には時々映画撮影などにもよく使われる、高架電車が走り、地下鉄も縦横に敷設され、観光客への交通事情は、大変便利な町でもある。

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20070501train  空港からダウンタウンの中心シティー・ホールまでの電車は、料金は一律2ドル、東京の電車に比べると、スピードが随分遅く悠長で、所要時間は40分ほど、横揺れも相当だが、スピードの出ない分、ノンビリと車窓を眺めながら旅を楽しめる利点もある。

 空港から郊外を抜けて、中心地まで行く間の、シカゴ市民の住宅街は、歴史が古いだけに、相当年季の入った、古い家並みを見る。

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  電車のホームでは、料金をもらって似顔絵を書いている人や、ギターを弾き歌っている青年、中国の二鼓を弾いている中年の中国系の婦人などがいる。

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中心街のダウンタウンに入ると、有名な『1871年のシカゴの大火』で、シカゴのダウンタウン全体が焼き尽くされて以来、木造建築物を禁止し、耐火性のコンクリートの高層建造物の立ち並ぶ街となり、当時のクラシックなデザインの高層ビルと、戦後建てられたモダンな造りの高層ビルの林との、新旧取り混ぜブレンドされた建物のハーモニーは、典型的なアメリカの大都市と言われているが、街のたたずまいに文化を感じる。

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 日本で言えば、丁度、クラシックな東京駅や旧日本銀行の周りに、近代高層建築の丸の内の建築物がある様な、新旧とりまぜた町並みが、シカゴのダウンタウン全体を覆って、数々の映画のロケ地になった、シカゴ名物のエレベーテッド・トレインと呼ばれる高架鉄道の環状線電車が走っている。

地下鉄も充実しており、地下鉄へ降りる入り口も、古風な味わいの、たたずまいをし、街に溶け込んでいる。古風な地下鉄入口に反し、チケット売り場は大変モダンで美しい。

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20070504cl  シカゴでは街の美化に相当の予算を組みこんでいるとの事で、ダウンタウンでは、早朝3時から6時まで街を清掃し、昼間も相当数の市の清掃員が、道路清掃を各地でせっせとしている姿を見かけ、街を散策して感心する事は、道路にゴミひとつ落ちていないことだった。市民も美化に費やす大きな予算を取られる事を理解しているところや、市当局も徹底して美化に勤めている事には、街を散策している間、とても感心する。
 各企業のビルの前の花壇は、競うように花々が植えられ、散策していて楽しくなる街だ。20070504tw
2016年の次回オリンピック開催地として、シカゴは東京都と競っているよだが、都市の美観から見て、シカゴの方が圧倒的に有利なように思える。

街の中を巡回中の警官は、2003年から売り出された、訪米中の小泉首相もブッシュ大統領からお土産にもらった、電動一輪車 セグウェイ(Segway) を利用している。

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公園の巡回守衛達も、セグウェイを利用している。

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町中には有名な芸術家の彫刻が点在し、中でも1911年に建てられた、シティー・ホールの傍の、デイリー・プラザ広場にある、ピカソの彫刻やカルダーのフラミンゴ、21世紀を迎えた記念のミレニアム公園の彫刻や電子画像と滝を合わせた建造物など、街のシンボルになっている。

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 1852年創業のマーシャル・フィールド・デパートの巨大時計もシカゴ名物である。
20070506histry_1  歴史的な建造物としては、ワーター・タワーがある。このタワーは1871年のシカゴの大火に唯一残った建造物で、近くにはシカゴで最も古い、歴史的な記念物といえる消防署もある。

20070506chicago24  その昔、ブルースの町と知られたシカゴには、サッチモの愛称で呼ばれた、ルイ・アームストロングなどがナイトクラブで活躍し、アル・カポネを頂点とするマフィアが闊歩した街並みで、その町をいま歩いているのかと、古い時代に思いをはせながら散策する。

20070506389_1シカゴに行くと、観光客が必ず行くという1974年に建てられた、当時は世界一高いと言われたシーアス・タワーに行って見る事にするが、103階までを1分足らずで昇ってしまう。(入場料12ドル50セント)ここも9・11のNY爆破事件以来、セキュリティーが厳しく、ビルの展望台へ行くには、空港並みのセキュリティー機械が設置された、入口を通らねばならない。

ロスアンジェルスでは当たり前の、透き通るような紺碧の空を、シカゴではめったに見ることが出来ないとのことだが、この日はお天気に恵まれていたお陰で、シカゴ市内のパノラマを満喫し、遥かに広がるミシガン湖の大きさに驚く。

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新旧取り混ぜた高層建築物の林は圧巻で、最近は日本の建築家や設計士などのツアーが視察に来る街でもあるという。

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Yoko_chicago_april_2007_058250  シカゴ・カブの本拠地スタジアムも、新旧取り混ぜたデザインは素晴らしく、その向かいには1893年シカゴ万国博覧会に建てられた、威風堂々とした建造物を利用しての、博物館には小学生の、低学年の団体が学習しているのが可愛いい。

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また世界の美術館に肩を並べるほど、充実したコレクションで有名な、シカゴ美術館も有名である。

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シカゴの図書館も随分凝ったデザインの建物で、人々の目を引く。

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Chicago_april_2007_452200 シカゴ郊外の大草原での穀物栽培は盛んで、穀物を扱う市場の関係で、1848年に小麦業者で始められた、シカゴ穀物取引所(Chicago Board of Trrade)ができ、このビルの屋根のトップに在る、ギリシャ神話の穀物の神の像も有名である。穀物生産の関係から、肉牛生産も盛んで、「シカゴに行ったらステーキを食べなければならない」と言われる所以で、街角にはいろいろな牛の彫刻を見る。

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イタリア系も多いシカゴは、普通のピザとは一風変わった具の厚いパイ風のピザが有名で、『Giord Lano's』は盛況で、一度は試食の価値有り。
ただしピザは1時間前に予約が必要。

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Yoko_chicago_april_2007_477200 1898年から創業しているドイツ料理店『The Berghoff』は有名な割には、価格が割安で自家製ビールとソーセージが楽しめる。

初めて行ったシカゴは、ロスアンジェルスとでは、大変おもむきが異なり、アメリカ国内でありながら、その文化の厚みを感じ、アメリカで無いような海外旅行をしているような錯覚になるが、街中に星条旗がはためき、やはりアメリカなのだと再認識し、新鮮味のある旅を経験した。

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2007年4月19日 (木)

南カリフォルニア から カナダ までの3100マイルの旅 《カナダからカリフォルニアへの帰途編》

 翌日ビクトリアから約40分をかけて、雨の中をカーフェリー埠頭スワルツ・ベイ(Swartz Bay) バンクーバーのフェリー港へ(自動車と2名で65カナダ・ドル)行く。このフェリーは、カナダの船籍1万8000トンの船が運航し、約500台の自動車を船底の二階を使い収容し、乗客1000名を乗せて、食堂やお土産店なども有り、豪華な船だ。

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2007041933 乗客はこのフェリーをよく使用するようで、家族づれや引退者の姿を見る。幾つもの小島の間を練りながら、2時間かけてバンクーバーのツワッセン港(Tsawwassen)に到着する。カーフェリーの船から自動車でそのまま下船し、カナダとアメリカの国境検問所に、1時間ほどフリーウェイを行くが、カナダとアメリカのフリーウェイの雰囲気が、何か違うと思ったのは、カナダのフリーウェイ沿いには、広告のビルボード(広告看板)が立ち並んでいることで、アメリカのフリーウェイ沿いにはこれほどの広告看板はないので、見慣れないない風景である。

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2007041934 アメリカ入国ゲート前は、意外と車の長蛇の列で、1時間ほど徐行しなければならなかったが、アメリカへの入国手続きは、車の中からで済むので便利である。 2007041933a_3 20年 前に比べると、数台のカメラ設置や爆弾探知機の機器など、ニューヨークの9・11爆破事件以来、随分厳しくなったのを感じる。入国審査前の地に、石でできた国際国境境界認識表を見る。アメリカの入国審査官は、アメリカ市民に対して「ウェルカム・ホーム」と云い、感じが良い。

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 入国検問所を通過すると、自然にアメリカ国道5号線に入る。自動車は一路、南へと5号線をひた走り、シアトルを通過し、ワシントン州の主都オリンピア市に一泊する。このワシントン州庁所在地シアトルの様な感じもあるが、ワシントンの州都はオリンピア。

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 このオリンピアは、私にとって個人的に悲しい思い出の地でもある。現在生きていたら104歳の明治生まれだった母は、戦後まだ落ち着かない時代、小学生の私を置いて、単身ミシガン州立大学に2年間交換教授として留学したが、その時代の母の友人をワシントンに訪ねるため、25年前に元気だった母を伴い、ワシントンへ向いドライブしている途中、母が脳梗塞で倒れた地が、このオリンピア。このとき母は帰らぬ人になり、私にとって悲しい思い出の、オリンピアの町でもある。

 翌日、富士山よりも高い、オレゴン州のマウント・シャスター(4300メートル)周辺を通過しての帰路だが、降雪の状況が心配だが、意を決して山越えをすることにする。

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  前日の大雪の積雪景色が美しかったが、幸いにも晴天に恵まれ、交通には支障がなかったのは幸運だった。3時間ほど雪山をひたすら下山しながらドライブし、オレゴン州を抜け、カリフォルニア州に入る。

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 サクラメント150キロ手前の町、コーニング(Corning)20070419oleve_2 のモーテルに入り、アカデミー賞授賞式をテレビで観る。 この地は、カリフォルニアでも有名なオリーブの産地で、オリーブ栽培が始められたのは1904年と古い。「オリーブ・フェスティバル」が8月末の1週間行われる。

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20070419car0  帰路の途中、さまざまな自動車と行き交うが、シャスター近辺のニジマス孵化場から、生きたニジマスを、スーパーなどに納入する、生簀トラックや酪農家から採集した牛乳タンク・トラックなどやキャンピング・カーに乗用車を引っ張っている、長期旅行者などが行き交う。

20070419car1  カリフォルニアからカナダまでの、3100マイル、約5000キロを走破して、ドライブを終了し感心したことは、この10日間のドライブ中、1台の自動車事故現場を見なかったことだった。日本に比べて、アメリカの人々の自動車運転のマナーは紳士的で、おおらかな運転と紳士的に譲り合う環境 だから、引退者も大きなキャンピング・カーをノンビリ運転でき、ドライブの旅は楽しめる国でもある。20070419homeまた私たちの自動車も、無事故で帰宅できたことに感謝し、夫婦とも65歳と余り若くない年齢だけに、いささか疲れを覚えながら、家の門をくぐる。

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2007年4月10日 (火)

《 カナダ・バンクーバー編 》

2007041027150picsel_2 ワシントン、ポート・エンジェルスから翌朝早朝8時20分発の、カー・フェリーに乗り込み(運賃は自動車と大人2名で44ドル)1時間半もすると、カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー・アイランドのビクトリア港に着く。

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今日の宿泊は、ビクトリア港の前にある、フェアモント・エンプレス・ホテル(Fairmont Empress Hotel)(1部屋1泊300カナダ・ドル)に宿を取る。

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20070410hotel2 このホテルは1890年創業の、英国女王も泊まったことのある、由緒あるホテルだが、いささか施設が古いため、部屋にインターネット高速無線接続の敷設がなされていないのが、少々不満だったが、室内は熟年向きの落ち着きのある環境である。

夕食前の時間、ビクトリアのガバメント・ストリート(メインストリート)を散策するが、気温は5,6℃くらいで肌寒く、街路樹の寒サクラが満開だった。 バンクーバーは、20年前ごろから、中国系の人口が多いくなったのも目立つ。

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20070410ga1 翌日ホテルから30分ほど車を乗り、バンクーバーに来たほとんどの観光客が訪れる、ブッチャート・ガーデン(Butchart Gardens)(入園料1名17カナダ・ドル)に着く。

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この庭園はポートランド・セメント会社で財を成した、ブッチャート氏の庭園。このセメント会社を創設した20世紀20070410ga3 初頭のアメリカは、フリーウェイの整備、ダムや橋などのインフラ創成期、町では近代ビルディングの建築のラッシュなど、セメント需要は空前的に盛んだったことと思われる。

その頃セメント原材料の石灰石を掘り起こした跡地を、庭園として造園したもので、サンケン・ガーデン、バラ園、イタリア庭園、日本庭園、スター・ポンドなどからなっ ている。1906年最初に日本庭園が、日本人の手によっ20070410ga4250_1 て作られ、造園から100年以上を越す庭園は、手入れが非常に行き届いていて、園芸を趣味とする人には、楽しいところだ。日本庭園からの、サーニッチ海峡の眺めは素晴らしい。

このブッチャート庭園を訪問したのが、2月23日とまだ春には少々遠く、草花を見に庭園を訪れるには、季節がいささか早すぎたが、それでも幾らかの花々を鑑賞することができた。

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20070410tea1_1 花が余り咲いていないことへの特別割引と云うことでもないだろうが、素敵な屋内テラスでのアフタヌーン・ティーが10カナダ・ドルで、12時半から20070410tea2_2 開かれるとのこと。金額からしてティーだけかと思ってい たが、フルーツの盛り合わせや、サンドイッチ、クッキー、生チョコなどの豪華な軽昼食コースで、 1時間半ほどを英国貴婦人になったような気分で、素敵なアフタヌーン・ティー・タイムのひと時を主人と過ごす。

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